ホテル・旅行業界でリピート率を高めるには、宿泊後のフォローだけでなく、旅行を検討し始める段階から宿泊後まで、カスタマージャーニー全体でブランド体験を設計することが鍵です。国内ホテル市場が2024年度に過去最高の約5.5兆円(帝国データバンク、2025年3月公表)を記録するなかで、認知から再来店まで一貫した接点を持つブランドと、単発の施策に留まるブランドとの差は年々開きつつあります。
この記事では次のことがわかります。
- ホテル・旅行業界特有の3つのブランド体験課題
- 宿泊前・中・後の3フェーズで整理した施策の選択肢と比較表
- 星野リゾート・マリオット・帝国ホテルの具体的な取り組み事例
- Z世代・若年層へのアプローチに有効なデジタル施策(ゲーム内広告を含む)
- ロイヤルティプログラムの比較と評価指標の設定方法
ホテルのマーケティング担当者・ブランド戦略室・経営企画担当者を対象に、施策の俯瞰から意思決定支援まで解説します。
ホテル・旅行業界が抱えるブランド体験の3つの課題

リピート率が上がらない、若年層に届かない、インバウンド客を再来店につなげられない——ホテル・旅行業界で繰り返し聞かれるこれらの悩みは、いずれも「顧客接点の設計」に起因しています。現時点で業界が直面している課題を3点に整理します。
課題① リピーター比率が低く、新規顧客依存が続く
宿泊業界のリピーター比率は一般的に10〜30%と言われています(宿研ナレッジ)。新規顧客の獲得コストはリピーターを維持するコストの約5倍とされており、構造的に収益効率が悪い状態が続いています。OTAへの依存が高まるほど、ブランドと顧客の直接関係が希薄になり、次の宿泊は再びOTAで検索・比較される——という悪循環が生まれます。
課題② 宿泊前(旅行検討期)の接点が手薄
多くのホテルマーケティング施策はチェックイン後の体験設計やCRM(ロイヤルティプログラム)に集中しています。しかし、「次の旅行先を考えている」段階での接触——SNSや検索、動画広告など——がブランドの記憶形成に直結することが、マーケティング研究で繰り返し指摘されています。宿泊前の認知・期待醸成フェーズへの投資が不足しているブランドは、比較検討の土俵にすら立てないケースもあります。
課題③ Z世代・インバウンド層への施策が画一的
Z世代は「アラカルト・ラグジュアリー」志向と言われています(やまとごころ.jp、2024年)。画一的な高級感より、「自分にとって意味のある体験」を求め、旅先選びの最初の接点はSNSや動画——そしてスマートフォンを使って過ごす時間全般にあります。また、外国人宿泊者数は2024年に1億6,447万人泊(前年比+39.7%、観光庁)と急増しており、国籍・言語を越えた接点設計が求められています。
カスタマージャーニーで見る3フェーズの顧客接点と施策全体像

ホテル・旅行業界のブランド体験施策は「宿泊前・宿泊中・宿泊後」の3フェーズに分けて考えると整理しやすくなります。以下の比較表で各フェーズの施策・目的・主要KPIを確認してください。
フェーズ | 目的 | 主な施策 | 主要KPI |
|---|---|---|---|
宿泊前(認知・検討・予約) | ブランド認知の形成・旅行意向の醸成・指名予約の獲得 | SNS/コンテンツマーケティング、デジタル広告(ゲーム内広告含む)、OTA最適化、インフルエンサー活用 | ブランド想起率、ウェブ流入数、指名検索数、直接予約比率 |
宿泊中(体験・感動) | 記憶に残る体験の提供・UGC促進・スタッフとの関係構築 | パーソナライズ接客、地域体験コンテンツ、SNS映えスポット設計、CRMデータ活用 | NPS(純推奨者スコア)、SNS投稿数、口コミ評価(OTA/Google) |
宿泊後(フォロー・再来) | ブランドロイヤルティの醸成・リピート予約促進 | ロイヤルティプログラム、メルマガ/LINE、パーソナライズDM、記念日対応 | リピート率、会員比率、LTV(顧客生涯価値) |
競合記事の多くが「宿泊中〜宿泊後」の施策に偏っている一方、宿泊前の認知・期待醸成フェーズへの投資が、最終的なリピート率に大きく影響するという視点は軽視されがちです。各フェーズを連携させたカスタマージャーニー設計こそが、競合との差別化につながります。
宿泊前:認知・期待醸成フェーズの施策選択肢

宿泊前は「ブランドを知ってもらう」「旅先候補として記憶してもらう」段階です。ここでの接触量と質が、その後の指名検索・直接予約比率を左右します。
SNS・コンテンツマーケティング
Instagram、TikTok、YouTubeでのビジュアルコンテンツは、旅先選びの最初の接点として定着しています。「BEB軽井沢」(星野リゾート)はSNSのみで告知し、Z世代ユーザーの自発的投稿でバイラル拡散に成功しました。自社スタッフや宿泊者のリアルな体験を発信することで、広告感のない認知形成が可能です。
OTA最適化・直接予約比率の向上
OTAは認知獲得に有効ですが、手数料が収益を圧迫するうえ、OTA経由の顧客は「ブランドへの愛着」より「価格比較」で行動する傾向があります。自社サイトでの直接予約に誘導するためのBR(ベストレート)保証、メンバー限定プランの設計が有効です。
デジタル広告:ゲーム内広告という選択肢
旅行を「考えていない時間」に届ける手段として注目されているのが、スマートフォンゲームの空間内に広告を表示するゲーム内(インゲーム)広告です。Z世代の約80%がスマートフォンゲームをプレイし、1日の平均プレイ時間は約100分(Ad-Virtua調べ)。旅行を積極的に検索していない層に対して、ゲームプレイ中という没入状態で自然にブランド接触を生み出せます。
ゲーム内サイネージ広告(ゲーム空間内の看板・モニターに動画を配信する形式)の効果指標として、他のWeb広告比で広告想起率が約1.8倍、視認率が最大96%(業界平均67%比)という実績が報告されています(Ad-Virtua公式、2025年時点)。旅行業界でのゲーム内広告活用は現時点では黎明期ですが、「宿泊前の潜在層接触」という文脈では高い親和性があります。
インフルエンサー・メディア活用
旅行・ホテル領域ではインフルエンサーとの宿泊体験コラボが一般的です。ただし、フォロワー数より「エンゲージメント率」と「ターゲット層の一致度」で選定することが、費用対効果の観点から重要です。
宿泊中:体験設計でUGCとNPSを高める

宿泊中は「記憶に残る体験」を作る最大の機会です。この段階での満足度がそのままSNS投稿・口コミ・リピート意向に直結します。
パーソナライズされた接客・CRMデータ活用
星野リゾートでは、CRMシステムで複数ブランド・施設全体の顧客情報を共有し、個々のニーズに合わせた提案・接客を実施しています。特定のスタッフが一組の宿泊客のチェックインからチェックアウトまで一貫担当する「マルチタスクオペレーション」を導入し、パーソナルなブランド体験を創出。その結果として稼働率約80%(株式会社宿夢コラム)を維持しています。
地域体験コンテンツの組み込み
「その地域でしかできない体験」をコンテンツとして組み込むことで、施設の競合優位性を高められます。地域の食文化・自然・伝統工芸などを体験型プログラムとして設計することは、Z世代の「意味のある体験重視」志向にも合致します。
SNS映えスポット・UGC設計
宿泊者の自発的なSNS投稿は、無償の認知拡大装置として機能します。施設内の演出・ライティング・フォトスポット設計に投資することで、投稿数と質を高められます。宿泊者の投稿を公式アカウントでリポストする仕組みも、UGC活用の基本です。
宿泊後:リピート率を上げるロイヤルティ設計

宿泊後のフォローは、「良い体験の記憶」を「次の予約」に変換するフェーズです。
ロイヤルティプログラムの活用と比較
世界の主要ホテルチェーンはロイヤルティプログラムをリピート率向上の核心施策として位置づけています。
プログラム | 会員数(2023年末) | 特徴 | 有効期限 | 向いている施設 |
|---|---|---|---|---|
Marriott Bonvoy | 約1億9,600万人 | 無料宿泊特典が豊富・ステータス種類多数 | 24か月 | 大手チェーン・高稼働施設 |
Hilton Honors | 約1億8,000万人 | キャンペーンが多く初心者に使いやすい | 24か月 | インバウンド需要の高い施設 |
IHG One Rewards | 非公表 | シンプルな設計・出張利用に適する | 12か月 | ビジネスホテル・空港周辺施設 |
(出典:Extreme Travel・Fishand.tips 2025年版比較)
マリオットのBonvoyプログラムは、会員が宿泊の52%を占め(前年同期比+3.2%)、会員からの収益が9か月間で12%増加したと報告されています(Airstair.jp)。会員比率を高めることが、OTA依存を下げる直接手段になります。
CRM・メルマガ・LINEによる定期接点
宿泊後にブランドの記憶が薄れる前に、パーソナライズされたコミュニケーションを届けることが重要です。誕生日・記念日のパーソナライズメール、利用履歴に基づいたプラン提案、新施設・シーズナルキャンペーンの先行案内などが有効です。
帝国ホテルは、改修工事期間中にECプラットフォーム「ANoTHER IMPERIAL HOTEL」を開設。物理的な制約を超えて全国の逸品を販売し、顧客IDの統合によるパーソナルなコミュニケーション基盤を構築しました(日本ネット経済新聞)。施設が使えない期間でも顧客接点を維持した点で参考になる事例です。
Z世代・若年層向けブランド体験施策

Z世代へのアプローチは、従来の「高級感」「おもてなし」訴求だけでは届きません。彼らの旅行行動特性を把握したうえで施策を設計する必要があります。
Z世代の旅行行動特性
- 「アラカルト・ラグジュアリー」志向:画一的な高級感より、自分の価値観に合った特別体験を求める(やまとごころ.jp、2024年)
- APACのZ世代が旅先で重視する要素:エンターテインメント、ウェルネス、食体験、景観と美的魅力、サステナビリティの5点
- 旅先選びの最初の接点はSNS・動画・ゲームなど「スマートフォンを使う日常時間」の中にある
マリオットのZ世代向けブランド展開
マリオットは「Moxy(モクシー)」「aloft(アロフト)」というZ世代・ミレニアル向けブランドを国内展開し、「SDGs×ウェルビーイング」テーマでの体験設計を実施しています(ウェスティンホテル横浜、2022年開業)。ブランドポートフォリオを年代・志向別に設計することで、「自分に合うホテル」として認識されやすくする戦略です。
ゲームプレイ時間(1日約100分)を接点に変える
Z世代の約80%がスマートフォンゲームをプレイし、平均プレイ時間は1日約100分(Ad-Virtua調べ)。この時間帯に、旅先のイメージを訴求する動画広告をゲーム空間内で配信することは、「旅行を考えていない潜在層への接触」として機能します。
旅行前の段階で「なんとなく記憶に残っているブランド」として刷り込まれることは、旅先を検索し始めた際の「指名検索」「直接予約」に連動します。現時点で旅行業界でのゲーム内広告活用事例は国内では公表が限定的ですが、若年層認知拡大の観点では先行者優位を取れる領域です。
メタバース・バーチャル体験の活用
ANA NEOはメタバースプラットフォーム「SKY WHALE」でバーチャル旅行体験を提供。「Skyパーク」(旅のテーマパーク)、「Skyモール」、「Skyビレッジ」の3サービスを展開し、旅先景色・文化・買い物体験をVR空間で提供しています。旅行前の期待醸成・認知形成の新しい手法として注目されています。
マドリード マリオット ホテルはホテル施設全体をメタバース空間に再現し、宿泊前の「仮想下見」を可能にする取り組みも実施しています(ブランディングスパイク)。
ブランド体験施策の評価指標(KPI)設定

施策を投資として判断するためには、フェーズごとに適切なKPIを設定する必要があります。
KPI | フェーズ | 測定方法 | 目安 |
|---|---|---|---|
ブランド想起率 | 宿泊前 | 定点調査(マクロミル等) | 施策前比1.5〜1.8倍が目標目安 |
指名検索数 | 宿泊前 | Google Search Console | 月次推移で前年比増加を確認 |
直接予約比率 | 宿泊前→予約 | PMS/予約システム | 30%超が競合優位の目安(一般論) |
NPS(純推奨者スコア) | 宿泊中〜後 | チェックアウト後アンケート | 業界平均は+20〜+40程度(一般論) |
口コミ評価スコア | 宿泊後 | TripAdvisor/Google/OTA | 4.0以上を維持することが指名予約増につながる |
リピート率 | 宿泊後 | CRM宿泊履歴 | 一般的に10〜30%(宿研ナレッジ)。目標設定は現状+5〜10pt |
LTV(顧客生涯価値) | 長期 | CRM累積客室単価 | 会員顧客のLTVは非会員比2〜3倍が目安(一般論) |
星野リゾートはマクロミルとのブランド定点調査を活用した継続的なブランド評価・改善を実施しており(公開事例)、定性指標と定量指標を組み合わせたPDCAが機能しています。
こんなホテル・旅行企業に向いている施策
この施策が向いている企業
ロイヤルティプログラム・CRM強化
- 複数施設・複数ブランドを展開しているホテルチェーン
- OTA依存度が高く、直接予約比率を上げたい企業
- 会員顧客のLTV向上に投資できる体力がある企業
宿泊中の体験設計(パーソナライズ・地域体験)
- 差別化が難しいコモディティ化した立地・価格帯の施設
- スタッフの接客品質が競合優位になっているホテル・旅館
- SNS拡散・口コミでの認知拡大を狙いたい独立系施設
デジタル広告(ゲーム内広告・SNS広告)
- Z世代・20〜30代若年層への認知拡大に課題を持つホテル
- TVCM・OTA広告の補完施策として新しい接点を探している企業
- 既存の動画素材(30秒以内、横型)を活用してコスト効率よく施策を打ちたい企業
- インバウンド・国内若年層の両方にリーチしたいリゾートホテル
この施策には向かない企業・注意が必要なケース
ロイヤルティプログラム
- 年間宿泊数が少なく、ポイント特典が魅力にならない規模の小さな宿
- プログラム維持の運用コストを賄える収益基盤がない施設(外部委託も検討)
ゲーム内広告・デジタル広告
- 即時の予約数増加を求めている場合:ゲーム内広告は中長期のブランド認知向け。直接予約の即効性は限定的
- ターゲット年齢層が50代以上に特化した施設:ゲームユーザー層とのずれが大きい
メタバース体験
- VR設備投資や開発コストをかける体力が現時点でない企業には時期尚早
ゲーム内広告がホテル・旅行企業に向いている条件
旅行業界でゲーム内広告が特に効果を発揮しやすい条件は次の通りです。ゲーム内広告の国内サービスとして「Ad-Virtua」を例に挙げると、以下のような企業との親和性があります。
Ad-Virtuaが向いているホテル・旅行企業の条件
- Z世代・20代〜30代前半への認知拡大が優先課題:スマートフォンゲームプレイヤー(Z世代の約80%)にリーチできるインゲーム広告手段
- TVCM・OTA広告の補完施策を探している:TVCM比でCPM約300〜400円という費用感で若年層接点を追加できる(Ad-Virtua公式、2025年時点)
- 既存の横型動画素材がある:新規制作ゼロで既存素材を転用できる
- 「旅行検討前」の潜在層へのブランド刷り込みを狙いたい:ゲームプレイ中の自然な接触で、旅先候補として記憶に残りやすい
現時点では旅行業界向けのゲーム内広告活用は国内では黎明期であり、業界横断で先行できる数少ない施策のひとつです。詳細な効果指標や実施事例はAd-Virtuaの公式サイトで確認できます。
また、ブランド体験施策全体の設計について基礎から整理したい場合は、ブランド体験とは何か・設計の考え方(※公開予定)も参考にしてください。ゲーム内広告の費用感についてはゲーム内広告・メタバース広告の費用・料金相場で詳しく解説しています。
よくある質問
Q. ホテルのリピート率を上げるためにまず着手すべき施策はどれですか?
A. 現状のリピーター比率と顧客データの蓄積状況によって変わります。CRM・顧客データが整備されていない段階では、まずデータ基盤(顧客ID統合・宿泊履歴管理)の構築が先決です。データが揃っていれば、誕生日・記念日パーソナライズのメルマガやロイヤルティプログラムの設計が費用対効果の高い出発点になります。
Q. 小規模な独立系ホテル・旅館でもロイヤルティプログラムは必要ですか?
A. 大手チェーンのようなポイントプログラムは必須ではありません。「常連客に手書きのカードを送る」「記念日を覚えておく」「好みの部屋・枕を記録しておく」といったCRM的な仕組みをスモールスタートで作ることが、独立系施設では現実的かつ効果的です。リピーターとスタッフの関係性を重視する施設がリピート率の高い宿として評価されることは(宿研ナレッジ)、このことを裏付けています。
Q. Z世代向けの施策として何から始めるのが現実的ですか?
A. まずSNS(Instagram・TikTok)の発信強化が最もコストが低く即効性があります。次のステップとして、既存動画素材があればゲーム内広告によるプレイ中の接触追加を検討する流れが現実的です。メタバース体験は費用・技術ハードルが高いため、Z世代比率が高い施設でのロードマップの後半に位置づけることを推奨します。
Q. ゲーム内広告は旅行・ホテル業界で実績がありますか?
A. 現時点では国内の旅行業界固有の掲載事例は公表が限定的です(2026年4月時点調査)。ただし、「Z世代への認知拡大」「広告想起率1.8倍・視認率最大96%」というゲーム内広告全体の効果指標(Ad-Virtua公式)は、旅行前の潜在層接触という課題と高い親和性があります。先行施策として実施するブランドにとって、競合比の先行者優位を取れる段階と言えます。
Q. 宿泊前・中・後どのフェーズへの投資が最も効果的ですか?
A. 施設の現状によって異なります。新規認知が課題ならば宿泊前(デジタル広告・SNS)への投資を優先し、既存顧客のリピート化が課題ならば宿泊後(ロイヤルティ・CRM)に軸を置くことが基本です。多くの施設でまず抜け落ちているのは「宿泊前の潜在層接触」です。OTAや検索で接触した後の比較検討段階より、旅行先を考え始めた初期段階で記憶に残るかどうかが、最終的な予約先の選択に大きく影響します。


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